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肋骨さん
吾峠呼世晴短編集で僕が1番好きな作品がこの「肋骨さん」。変なタイトルw
浄化師という人に棲む邪気(心の毒)を浄化することができる青年の物語。ジャンプ本誌の金未来杯という新人読者投票レースにエントリーされた作品です。
この作品から鬼滅の刃に通じる吾峠先生の独特な台詞回しが生まれはじめます。主人公のモノローグや会話が読んでて本当に面白いんですよ。なんでこんなに印象深いセリフが書けるのか不思議なくらい。
この物語は表紙をめくるとまず後ろ姿の女性の一言から始まります。
「助けて」
のっけから背筋がゾクっとする始まり方。
「・・・ん? 何か言った?」
女性に声をかけるもう1人の人物。腕以外はコマに写りません。
テーブルにはずらっと並ぶ髪を切るためのハサミやクシなどの道具の数々。
「この世で最も美しいものはなんだと思う?」
「わかりません」と答え俯く女性。
正解は「人間の髪」と答える謎の人物。
「洗髪をして トリートメントをして 優しく乾かして また髪を溶かす 一本一本枝毛を切って また髪を溶かす」
「助けて」と呟いた女性の顔は青ざめてガタガタと震えています。
「ああ幸せ」
- これは今どういう状況なんだ?
- 女性はなぜ震えてるんだ?
- もう1人の人物は何者なんだ?
読者の興味を引く謎を序盤からふんだんに盛り込んで物語にがっちりと引き込みます。これが冒頭2ページ。
そして次のページから主人公が登場し、読者に対してこの物語の世界観と設定の説明が入ります。
例えば物語の序盤でいきなりその漫画の専門用語を語られても読む側にとっては「知るか!」って思いません?たとえそれが超人気漫画家の最新作だとしてもその時点で読む気なくします。最近だとサムライ8とか。
その点ワニ先生は物語の世界観とか設定の説明がものすごく上手いんですよ。
説明のセリフ文字は必要最低限で簡潔に。それでいて読者が物語を楽しむには困らない情報量。絶妙なさじ加減が見事です。
主人公の初登場シーンが後ろ姿ってのもカッコいい。
主人公の青年はモノや人の見え方が普通の人と異なり、その人の感情や大切なものが文字や絵で浮かび上がって見えます。
「優」「幸福」「思いやり」「誠実」「愛情」などの人の心はキラキラ輝いて、
逆に「悲しい」「苦しい」などの負の感情は禍々しく見えます。
そして青年の傍にはなぜか河童が。どうやら他の人には見えない存在のようです。
道ですれ違う親子のキラキラした愛の美しさに微笑む青年。
主人公は生まれてから人に愛情をもらったことがありません。
あんなに綺麗なモノを一身に受けて生きる人はどんな気持ちなんだろうかと「愛情」に対して強い憧れを持つ主人公。
人が抑えきれずに溢れた感情は道にぽとぽと落ちていくと語る青年。
その中に邪気混じりのものを見つけた青年は感情の足跡を辿り邪気憑きの人間の居場所までやって来たのでした。
「髪」「助けて」「怖い」「誰か」「恐怖」「嫌だ」
そこにはたくさんの人の感情がこぼれ落ちていました。
玄関門から屋根の上へ跳躍し、天窓を覗いてみるとそこにはハサミで壁に張り付けにされた短髪の女性の姿が。
無言で天窓を破り強行突入します。
失礼 怪しいものではございませんよ
浄化師のアバラというものですよ
妙に言葉の語呂が良くて思わず声に出して言いたくなるセリフ(笑)。
悲鳴を上げる女性たちに落ち着いて自己紹介。ここで主人公の名前がアバラだと判明します。あれ?肋骨さんじゃないの?
ガタガタと震える女性たち。天窓から見た女性に声をかけるアバラ。
麻酔もなしにハサミを抜くのは拷問かなと考え「もう少し辛抱してほしい」と短髪の女性に伝えます。
その時奥に座っていた女性の1人がアバラに声をかけました。
女「犯人は少し前にどこかへ出かけて行きました」
アバラ「嘘はよくない 邪気憑きは君だ」
外見は美しい女性ですがアバラには女性の心に棲む禍々しい邪気が見えていました。
ここで犯人が女性ってことに驚いた人も多いんじゃないですかね。しかも美人。てっきり髪フェチの変態男の仕業かと思ってました(笑)。
どうしてこんなことをと尋ねるアバラ。
これは美しい髪を持つ女性への愛情だと答える女。
それは愛情ではなく、ただの君の欲望だと諭すアバラ。
遠くから見ているだけでもいいじゃないか
それが例え自分のものではなくっても
そこに存在するというだけで
幸せな気持ちになれないかい?
吾峠呼世晴短編集「肋骨さん」より
ここへ来る前に出会った母と子を思い浮かべながらアバラは女に問います。
この絵と言葉を読んだだけで泣きそうになる。このセリフだけで詩のコンクールとかで大賞取れそう。
現実の世の中にも人の幸せを妬む人っていますからね。特にSNS上にはたくさん(笑)。
事実これを書いてる僕自身も知人のツイートにはたくさんイイネがついてるのに僕には全然つかなくてついつい嫉妬してしまったり。その度に小さい人間だなと自己嫌悪(笑)。
人の幸せを喜べることが人として1番大事なこと。しずかちゃんのお父さんも同じこと言ってました。
女「なれないわね 微塵も」
アバラ「そう 悲しいな」
女「なら死ねばいいんじゃない?悲しいも苦しいもなくなるから」
アバラ「一理ある」
女「私も気になってること聞いていい?」
首を傾げて握った手を口にあてがうポーズで質問する女。やってることはヤバいのに可愛いんだよなこの人(笑)。
アバラ「どうぞ」
女「さっきからふわふわしている それはなに?」
これは僕の神器”羽衣” 君ほどになるとデコピンくらいじゃ浄化できないから これで捕まえてギッ!てやって浄化をします
「ギッ!てやって」という雑な説明が面白い(笑)。それに対しての女の「ザクッと切って雑巾にしましょう」もなんかジワジワ来る(笑)。あとやっぱり顔だけは美人。
ここからついにバトルスタート!女は複数のハサミを投げつつ両手にもハサミを持って突撃してきます。日常的に身近にある道具で攻撃してくるってリアリティあって怖い(笑)。
「雑巾は嫌だなあ せめてワンピースとか作って欲しいな」
身をかわしながら話すアバラ。
そのままガラ空きの背中めがけて羽衣を巻き付けようとするアバラ。しかし女が持つハサミ以外の「何か」に攻撃されそうになり距離をとります。
なんと女の髪の毛がハサミ化!
「どうあっても私の体にその布を巻き付けたいのね いやらしい人」
やってることは鬼畜なのに何故そんなにセクシーな言い回しなんですか?(笑)。完全にワニ先生の術中にハマってる気がする。
「たしかに僕はスケベですが君は蟹みたいだね そしてすごくいい匂い 何のシャンプー使ってるの?」
「教えてあげない」
シャンプー何使ってるのとか今聞くことそれ?とか色々ツッコミどころ満載のセリフ(笑)。
普通の漫画だったら「髪の毛がハサミ状に!? くっ!邪気憑きによって宿主の身体にも影響が現れ始めたか!」みたいな説明口調にしちゃうと思うんですけど吾峠先生はやっぱり一味違いますね(笑)。
この会話シーンは実際に漫画で読むともっともっと面白いのでぜひ!
女は「切断」という衝撃そのものを飛ばす能力者のようです。イメージとしてはゾロの煩悩(ポンド)砲みたいなもんですかね?あんなど迫力ではないけど(笑)。
しかしアバラの羽衣は布だけどとても頑丈で女の”飛ぶ切断”の能力を持ってしても切れません。
それならと女はあっさりと標的をアバラから誘拐した女性たちに変更します。
カッパ「この女 ろくな女じゃない」
カッパの冷静な指摘が笑える(笑)。笑ってる場合じゃないけど。
さらわれた女性たちを庇いながら戦い続けズタボロになるアバラ。
アバラが満身創痍になったのを見計らってハサミを投げつける女。
複数のハサミがアバラの右肩に突き刺さりました。
僕が君を救う でなければ僕は
ここから回想シーンが始まりアバラが浄化師になった経緯が明かされます。
善而 僕の 命の恩人 出会ったその日に死んでしまった
少年時代のアバラは邪気憑きの人間に襲われそうになったところを浄化師の善而(ぜんじ)という男に命を救われました。
しかしその戦いで善而は死んでしまいます。「おまえのために死ぬわけじゃない おまえのせいで死ぬわけじゃない」という言葉を遺して。
現在アバラの傍にいる河童はもともとは善而の守護精霊でした。邪気に憑かれると人はおかしくなること、異様な力を使えるようになること、そのために人の命を食わねばならなくなることをアバラに伝えます。
この辺の「邪気憑き」の設定は連載中の鬼滅の刃の「鬼」と似たものを感じますね。
どうして善而は浄化師になったのか尋ねるアバラ。
どこかで誰かが苦しんでいたとしてもそ知らぬ顔で生きていけばいい 別に悪いことじゃない ただ善而にはそれができなかった それだけのことだろうと河童は答えました。
河童「でも じゃからこそわしは そんなふうじゃからこそ善而についていてやりたかった」
底抜けに優しい人間は生きるのも大変じゃろうよ
善而には家族がいました。けどもう二度と会うことはできない。親も兄弟もいない自分を庇ったせいで。
僕が死ねばそれで終わりでよかったんじゃないか?
この時のアバラにはそう思わざるを得ませんでした。
アバラは河童に伝えます。自分が善而のかわりに浄化師になることを。死ぬまで浄化師として戦い続けることを。
1人でも多く倒して 1人でも多く助ける
そうやって死ぬ
そうでなければ僕などが
善而を差し置いて 存在していいはずがない
吾峠呼世晴短編集「肋骨さん」より
俺は泣いた。何回読み返しても肋骨さんは必ずここで泣いてしまう。
浄化師になった理由があまりにも悲しすぎる。
無数のハサミに切り刻まれながらも羽衣で女の体を包み込むアバラ
痛くない 負けない
吾峠呼世晴短編集「肋骨さん」
もうこの時の河童の心情が読んでる人の心のど真ん中に刺さってきてもう泣けてしゃあない。
そうでなければ僕などは!!!
こうして生きている意味すらない!!
吾峠呼世晴短編集「肋骨さん」
ボロボロになりながらもなんとか女を失神させ邪気を祓うことに成功するアバラ。
すぐに救急車を呼んでくるからとその場を後にします。
その時、救われた女性の1人(みお)がアバラを追いかけます。
追いついて声をかけようとしますが名前が思い出せません。
(!! 何だっけ? 何か骨の名前・・・鎖骨かな 違う あっ!)
「消防士の 肋骨さん!」
おもっくそ間違えられるアバラ(笑)。さっきまでアバラの人を救う理由に泣いてたのに唐突なギャグ要素で感情が迷子になりそう。
タイトル名がまさか言い間違えとは思わなかったなあ。これをタイトル名にしようと決めた吾峠先生はやっぱりおかしいセンスの塊だと思います。声かけてる女の子が天然ボケなところがまたいいですね。
アバラへ助けてくれたお礼と怪我の心配をするみお。
「問題ないです 僕が死んでも悲しむ人はいないので」
笑顔で答えるアバラ。
「・・・それはあまり良くない考え方です」
その答えに対し何か思うところがあったのか、みおはアバラに自分の境遇を話し始めます。
自分もアバラと同じ身寄りのいない孤児であり、今は愛児院という児童施設にお世話になっていること。そして、かつては自分もアバラと同じような考え方で生きていたことを。
そんなことを思いながら施設で暮らしていたある日、施設職員のマミコさんから「誰にも望まれてないならせめて自分くらいは自分のことを大事にしてあげなさい」と叱られたと。
マミコさんは前編で紹介した「文殊史郎兄弟」にも登場してますね。吾峠先生のお気に入りなのかな。
いきなり変な話をしてすいませんと頭を下げるみお。反射的に同じく頭を下げるアバラ。2人はそこで別れました
みおが無事帰って来たことを知り、脇目も振らずに駆け寄りそのまま無言で抱きしめるマミコさん。緊張の糸が切れて号泣するみお。
「文殊史郎兄弟」の時のマミコさんは言葉遣いが荒くて必ず語尾にウフフと笑い声がつく非常に不気味な人という印象しかなかったんですけど「肋骨さん」では愛情深いキャラとしての掘り下げがされてだいぶ印象が変わりましたね。
無事に帰れてよかったねと微笑みながら屋根の上から見届けるアバラと河童。
見届けながらアバラは思いました。
僕が1番怖かったのは 善而の死が何の意味も価値もない出来事になってしまうこと
僕はあれほどのことをしてもらえるほどの人間ではなかったので本当に困ってしまって
僕が一人でも多く誰かを救済できたなら善而が僕を助けて死んだ結果が無駄ではなくなると思った
(中略)
申し訳なくてたまらなかった
だから僕は善而が大事に守ってくれた自分の命をあまり大事にできず
それはとてもひどい ひどい
大変な失礼だったんじゃないだろうかと 今さら気づくとは
吾峠呼世晴短編集「肋骨さん」より
今までの態度を反省するアバラ。そんな自分とずっと側にいてくれた河童への感謝と非礼を詫びながら物語の幕は閉じます。
ごめんね ありがとう
愛は己の中に 笑顔と共に
アバラの笑顔と背景の空がとても爽やかなラストカット。八の字の下がり眉毛が印象的ですね。きっと今のアバラからは「泣きたくなるくらい優しい音」が聴こえると思います。
物語の最後にアバラの心が救われて本当によかった。
結局人間って自己肯定感が持てないままだと行動してもしなくても幸せにはなれないのかもしれません。
善而が死んでから何年間もずっと悲壮な決意で戦ってきたけど、今日ついに、やっと自分の心を救ってくれる人に巡り会えたんだね。よかったね、アバラ。
これからは自分のことも大事にしながらますます浄化師としてたくさんの人を救うために戦うんだろうなあ。その先の姿が見れないのはちょっと残念です。
「肋骨さん」は結局連載化はしませんでしたけど、この物語は読み切りで正解だったと思います。なぜならこの物語の目標は邪気憑きを倒すことではなくアバラの心の救済だと思うから。そしてそれは達成されました。
そう考えると週刊少年ジャンプで長期連載を目指す題材としては不向きかなと思いました。素人の勝手な考えですが。あとはタイトルが出オチなところも連載向きじゃないですね(笑)まあそれはタイトル変えればいい話だけど。
逆に言うと読み切り漫画でこのレベルの傑作はなかなか出ないのではと思います。
というわけで僕の大好きな吾峠呼世晴短編集の作品の一つ「肋骨さん」の紹介と感想でした。
個人的にはこの記事なんてどうでもよくて1人でも多く吾峠呼世晴短編集を読んでほしいです。あと間違っても海賊版ではなく自分買って読みましょう(笑)。
次回は後編として「蝿庭のジグザグ」について書こうと思います。年内には書ければ良いな(笑)。
ここまで読んでくれて本当にありがとうございました。
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